Thursday, September 9, 2010

トイレ・フィロソフィー、水があったら入るフィロソフィー

「トイレに行ったら、入ったときよりもきれいにして出る。」

これはアランという友達のある一つのフィロソフィー。

私はそのフィロソフィーを聞いて感動した。それ以来私は外でトイレに行くときはいつもトイレをぴかぴかにして出る*。それをするたびに(一日に数回)心がすっきりする。いい気分になる。その気持ちだけのためにもこのフィロソフィーを持ち始めたのは私にはいいことだったと思う。

同じアランにはもうひとつのフィロソフィーがある:

水があったらぜったい入る。どんなに寒くても。


私はこのフィロソフィーをやり始めてから気がついた。一度も水に飛び込んで後悔をしたことがないということに・・・

フィロソフィーはなんでもいいんだよね。自分で作ったものじゃなくてもいい。トイレ・フィロソフィーみたいな変なのでもいい。

友達はこんなフィロソフィーの家庭で育った:

教育と趣味と旅行のためなら、どんなにいっぱいお金を使ってもいい。

フィロソフィーはどんなに気軽でもどんなに深刻でもいいの。持つことが大事。

持つことによって意味のないことに意味を吹き込んでくれる。トイレに行くことでさえ、水に飛び込むことでさえ、自分のキャラクターを強める行動にと変わる。

何か決断をしなきゃいけないときにフィロソフィーはとても便利になる。たとえば、水に飛び込もうかどうか迷っているとき、頭の中で、

水に飛び込もうかな・・・でも冷たいし・・・でも入ってから絶対気持ちいいって感じると思うんだけど・・・

と、迷っているときに決断力をくれる。フィロソフィーはあてもなく浮いている船のかじになってくれるんだよね。

ようするに、フィロソフィーを持っている人はフィロソフィーを持っていない人にいつも勝つ!

*(日本の海外のトイレは日本のトイレよりもずっときたないんだよ!)

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